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推しのATMになりたい日常

推敲しない女です。

推しを推しながら思う6つのあれこれ

初めての投稿が安西くんへの気持ち悪い愛を語った文章だったのでもう今更感がありますが、少し自分のことを話してみようと思います。

どうも改めましてATM野郎です。
まだまだATMと名乗るには未熟者すぎる私ですが、若手俳優とファッションやメイクと文学が好きな女です。
普段はざっくり言うと商品を作るお仕事をしていまして、休日は舞台観劇やショッピングやファッション系・オタク系のイベントに出向いたり、本を読んだりDVDを見たり、部屋を片付けたりなどして過ごしています。

若手俳優においては、まだまだ五六年の歴のしがない新参者です。いわゆるDDと呼ばれる種の人間でして、推しの数が年々増えていくのが目下の悩みでございます。
最近新たに二人も娶ってしまったので、本当に推し増えすぎじゃね??と思うばかりです。
……と、娶るとか嫁とかそういう表記をすることもありますが、ガチ恋勢ではありません。推しは可愛い可愛いと愛でる対象なので、リアルなタイプはまた別のところにあります。
そして推しに認知してほしいファンサしてほしい接触イベ行きたいという欲求もなく、寧ろこんな気持ちの悪い私なんて彼の視界に入らなければいいのに!と最前に入りながら思う種のオタクです。とかなんとか言いつつ接触イベにも結局赴いているのは、推しに金を払う機会があるなら行くしかねえ!というATM精神からですね。
ただ服やオシャレが好きなので、推しに好きな格好をしてほしいという欲求はあって、プレボはまあまあ活用しています。

はてさて自分のことを話すとなると何を書けばいいのかと悩むところですが、とりあえず若手俳優ヲタとして自分の中で思っていることなどをいくつかお話してみようかと思います。


・推しが推しでなくなるとき、その理由は彼ではなく自分にある
推しが推しでなくなるのには、人それぞれ色々な理由があると思います。多分、本当に彼の何かが原因で推せなくなることもあるでしょうし、それは決して悪いことではありません。実際私も今後そういう時が訪れるかもですし。
ただそんな事があっても、砂を掛けて降りるようなことはしたくないとだけは思っています。
つい最近、私は数年追ってきた劇団の観劇に一区切りつける事にしました。思うことは多々あれど、最大の理由はきっと私の中にあると思っています。
私はとにかく飽き性だから(俳優好きが五六年続いているのが奇跡のようなものです)、とか、日々経験し年を重ねる中で私がほしいものと彼らが求めるものが合致しなくなってしまったのかな、とか。必要以上に考えてしまったりして、娯楽だからもっと気軽に楽しめばいいのに重い女です。
でも、砂を掛けて終わりたくないというのは、推しだった彼のためとか今も推しだった人を愛している人のためとかそういうことより、一度は彼を推しだと思ってお金を払っていた自分を否定したくないからなのかもしれません。

・取らぬチケットの後悔より取ったチケットの後悔をする
これは単純に「チケットとればよかったー!」ではなく「行かなきゃよかったー!」と言いたい、という話です。
チケットを取って、実際観劇して、それで後悔したとしても、それを見た時間や経験は確実に自分の中に蓄積されます。たとえマイナスの感情を掻き立てるものでも、自分の財産になる。それを基準にしてより自分が観たいものをより上手く選ぶことができるようになるかもしれないし、必要ないと思っていたその観劇経験がいつか役立つ時がくるかもしれない。
迷ったら行く、を許される限り選択したい。もちろん限られた財力の可能な範囲内で、ですが。

・人に誘われたら時間の都合がつく限り断らない
若手俳優を追っていると先々の予定が早々に決まってしまって、それ以外の予定が入れづらいですよね。
私は基本はコミュ障の出不精なので、観劇の予定が詰まってくると、どうしても友人や先輩の誘いに応えるのが面倒だなあと思ってしまいます。その上、興味のないことに時間やお金を割くのは無意味だと思って、放っておけば仕事と観劇と一人遊びで一年を過ごしてしまうタイプです。
その自覚があるからこそ、あえて人の誘いにはできるだけ応じるようにしています。私はほとんどお酒を飲まないのですが飲みの誘いや合コンも予定が空いてれば断らないし、全く興味のないスポーツ観戦も予定が空いてればお金を払って見に行きます。その時はリアタイしたいドラマがあっても諦めます。
正直面倒くさいし、その暇があるなら推しの情報をツイッターで漁りたい、というのが本音です。でも私が動かない限り、今は興味もない・知らない世界に踏み入れるきっかけをくれるのは、そうやって誘ってくれる人しかいないのです。自分の引き出しはいくらあっても足りないくらいなので、そうして人に頼りながら少しでも増やしていきたい所存です。

・推し事が被ったら、それを逃したらより後悔する方を選ぶ
これだけ推しが多いと、公演やイベントが被ることもままあります。推しの中でも一応優先順位はつけているので基本的にはそれで判断しますが、時にはその優先順位を違えてでも、あるいは推し以外の公演やイベントでも、いつもとは違うものを優先することがあります。
その時の判断基準が「それは一度逃したらもう二度と見られないかもしれないかどうか」です。もちろんどの公演もイベントも、生である限り、二度と見られない事に変わりません。でも「推し」だから、という義務感で観に行くのではなく、「後悔しないために」観に行きたい。
だから推しが一人も出ていないのに、公演期間や題材やキャストによっては、推し事よりも優先して見に行くものもあったりするのです。

・自分にとっての一番が推しにとっての一番とは限らない
色々なところで言っている話なのですが、観ている側の熱量と観られている側の熱量は必ずしも一致せず、そこが一致するということは寧ろ奇跡に近いんじゃないかしらと思っています。
役者さんは日々仕事として色々な舞台やイベントや撮影を行っていて、それ以外でも様々な経験をしていて、私が観られるのはそのほんの一部に過ぎません。私にとっての大切な公演が、彼にとってもそうだとは限らない。
だからこそ、自分が良いと思ったものには、お金を払ったり、アンケートを書いたり、言葉で伝えたり、目に見える形できちんと意思表示をしたい。
その話を知人にしたら「随分謙虚だね」と言われましたが、謙虚というよりは、もし本当にそうだった時、ガッカリしたくないだけなのだと思います。

・自分と世間の評価がズレていたら、それが何故か「知りたい」と思え
ツイッターで評判の良い芝居や、若い子たちが絶賛した作品に、どうにもうまくはまれないことがよくあります。もちろん作品は自分の価値観で捉えていいものだと思うので、だからと言って無理やり評価を変えようだとか、無理やりスタンディングオベーションしたりもしません。
でも、周りと自分の意見が違うとき真っ向から否定するのではなく、なぜそうなのか「知りたい」と思います。自分以外の人が何に感動し、何に心を惹かれたのかを確認することは、自分の価値観が客観的に見て一体どういうものなのかを知る手がかりになります。まあ実際に調べることは少ないですけどね。仕事柄というのももちろんですが、自分がどういう人間なのか私はいくつになっても知りたいのです。


……なんだかんだと取り留めもなく長くなってしまいました。
こうしてみると、私は色々と面倒くさい人間だなあと思わざるをえません。
ただ割とやりたいようにやっているようなので、趣味に対する姿勢としてはまあ悪くないんじゃないかなあと思います。

そんなこんなで明日はナルステDVDイベントに行ってまいります。
東京からシンガポールまで見届けた作品の、本当の最後を、じっくり堪能したいと思います。