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推しのATMになりたい日常

推敲しない女です。

『武士白虎〜もののふ白き虎』雑感――懺悔と赦しの物語

※白虎が一部白狐になっていたので直しました!恥ずかしい!

『武士白虎〜もののふ白き虎〜』観ました。
東京では二回しか観劇できなかったのですが、大阪に備えて簡単に感想をまとめておこうと思います。
ネタバレあり、セリフはすべて曖昧なので多分間違ってます。大目にみてください。


まるで、貞吉が赦されるために、そのためだけに、作られたような作品だったと思いました。
白虎隊の今まで描かれなかった一面を描く青春群像劇とどこかで聞いた気がしていたけれど、彼らの激動の青春を語ったというよりも、ただひたすら貞吉の懺悔と赦しの物語だった。

全編のほとんどが貞吉の回想で進みます。
だから貞吉の目に彼らがどう映ったのかは分かるんだけど、貞吉という人物はまったく見えない。
回想では、悌次郎はじめ、隊のみんなが貞吉に一目を置いている。けれどもそれが何故なのかはわからない。「落ちこぼれの星」って台詞で初めて、あっ貞吉って落ちこぼれなんだ??って気付くぐらい。
彼の夢は、好きなものは、嫌いなものは、得意なことや苦手なことはなんなんだろう。なんでみんなは貞吉のことを、そうして認めているんだろう。悌次郎が貞吉を白虎を背負う者として選んだ理由は何だったのだろう。
貞吉の姿にだけ、もやがかかってはっきりと見えない。
私には、彼の姿が「意図的に」その過去から消されているかのようにさえ映った。

語り部が真実を語るとは限らない。彼が真実を隠し、曖昧にするとき、そこには彼の明確な意図や強い想いがあると思う。
この回想の目的は、過去の事実を正確に伝えることではない。貞吉の、心に蟠る問いの答えを探すための回想なのだ。
作中で、斎藤一が「おまえは何を持ってるんだ」と問う。「俺は」と答えようとした貞吉の言葉は、回想に呑まれていく。
でも「俺は」の先に続く言葉を、そのとき貞吉は持っていたんだろうか。
少なくとも、貞吉の回想から彼の目線で過去を覗いていた私には言葉の続きを紡ぐことができない。
どうして俺だけが残されてしまったのか。他のみんなの方がこんなにも優れているのに、悌次郎の方がこんなにも相応しいのに。それを描くための回想だったんじゃないかと思う。

どうして、なぜ、他の誰でもなく、俺が。
そういう想いを抱きながら生き残った貞吉に、斎藤は悌次郎の言葉を託した。
白虎隊の旗は、貞吉に。彼こそが、虎の心を持つものだから、と。憧れて、嫉妬していたのは悌次郎の方だ、と。
そう聞かされてから、彼は悌次郎と最後に交わした言葉を思い出す。自刃しようとした貞吉を、悌次郎が止めるシーンだ。
「おまえが残れ」、「それがみんなの想いだ」、当時はきっとその言葉さえも「どうして、なぜ」と思いながらも聞いていたのかもしれない。けれども、斎藤の言葉を聞いた貞吉は、その言葉にこめられた本当の想いを理解する。
貞吉は、間違いなく、選ばれた。白き虎の仲間たちに、彼らの心を伝える者として。
何年か越しに受け取った想いに、貞吉は泣き崩れる。生き残って、生きていて、よかったのだ。そのとき、彼は初めてそう思ったに違いない。

観客としては、というか私としては、貞吉が誰よりも虎の心を持っていたと言われたって、それが作中どこにも語られていないのだから正直あまりぴんとこない。貞吉の目から見た他の子達だって、それぞれ虎の精神を持っていたと思うし、それに貞吉が勝る根拠なんてなにもない。

だけど、貞吉が本当に生き残るに値する人物だったのかなんて、さして重要じゃないんだろう。この物語の真髄は、そこじゃない。
白き虎の精神を持った彼らに、貞吉がいままで語ってきた彼らに、認められたこと。憧れてやまなかった男に認められたこと。貞吉が、囚われていた過去に赦されたこと。
それが一番大切なことであり、この作品のオチなのだと思う。

淡々と、寂しそうに、懐かしげに、過去を振り返っていた若者が、ようやく自分の足で歩んでいく様を描いた物語。
それが、私にとっての「もののふ白き虎」という作品だった。

最後、貞吉は白虎の仲間たちの回想の中に笑顔で加わっていく。
それは、「どうして」「なぜ」に囚われ続けていた過去には決して叶わなかったことなのかもしれない。彼らと肩を並べながらも、どこか不安や疑問や嫉妬を抱いていたのかもしれない。けれども、過去に赦しを得た貞吉は、ようやく彼らの隣で心から笑顔になれた。
それは、回想の形を取りながらも、貞吉のこれからの未来を予感させるような明るく眩い光景だったと思っている。


こうして語ってきたけれど、私はこの物語の語り部が、安西慎太郎だったからこそこうしてこの物語を受け止めることができたんじゃないかと思っている。彼だったからこそ、単なる歴史物じゃないと捉えることができたのだと思う。
安西くんのお芝居を見ていると、私はいつも蝋燭の炎を思い出す。揺らめき、強くなり弱くなり、蝋を滴らせながら、必死に燃えるその姿。彼は作品ごとに、ひとりの人生を生々しく生きている。
安西くんが演じる貞吉に、この物語を通じて、赦しが与えられて本当によかった。
彼の人生は、この作品の外にまでずっと続いていく。
過去に赦された彼は、真っ直ぐに前を見て、この作品から歩き始めたばかりなのだ。きっと。