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推しのATMになりたい日常

推敲しない女です。

「俺と世界は同じ場所にある」を観て

「俺と世界は同じ場所にある」観劇してきました!
ああ〜アミューズの若手のこういう芝居見たかったの〜ありがとう大好きだよ〜〜心から感謝してる〜〜と思ったので取り留めなく感想など綴ってみます。
当日券もあるらしいので、ぜひ観に行ってみてほしい!という願いも込めつつ。私はあとは千秋楽です。

まず簡単にあらすじをば。一度しか見ていないので記憶違いがあったらすまない!推敲は相変わらずしていない!

静岡県三島市の成人式。大学進学のために上京していたポン(溝口琢矢は、久し振りに故郷の地を踏んだ。中学時代からの友人――大山(富田健太郎)ドテ(石原壮馬)と再会し、肩を叩き合って喜ぶポン。だが、当時一緒につるんでいたケン(三村和敬)カズキはなかなか姿を現さない。二人と連絡が取れないまま始まった成人式でテンションの上がった三人は、ポンが親に買ってもらった車でケンの家まで向かう。ケンは、工場で働くカズキとルームシェアをしながら地元の服飾系専門学校に通っていたが、最近実家に帰ってきたらしい。中学時代によくみんなで遊びに行った、ケンの家の離れを訪れたポンたち。だが、そこで会ったのは、ポンが知るケンとは全くの別人だった。更に、彼の変化に戸惑いを隠しきれない彼らの元へ「カズキが結婚した」との知らせが入る――。
「俺と世界は同じ場所にある」 │ アミューズモバイル

まとめるのが下手で恐縮ですが、こんな感じのお話でございます!
以下ネタバレご注意ください!


等身大の、リアルな、20歳という年頃の青年たちの感情や葛藤や想いが伝わってきて、ああ〜わかるよ〜と頷きたくなるシーンばかりでした。
20を過ぎた役者がやっても、きっとそれはそれで面白いものになるのだろうけれど、でも、彼らがいまこの作品をやることにとても意味があると思う。彼らがいま肌でひりひりと感じている想いが、この作品に重なっていたように感じました。
とりあえず、キャラクターと役者ひとりひとりについて、勝手に、簡単に語ります。


■カズキ
本編には、名前しか出てこないキャラクターなので紹介のみ。
眼鏡男子。ケンとルームシェアをしていたが、解消後、ずっと片想いしていた彼女(ドテの元カノ)と同棲し、プロポーズ。結婚後は新潟に移り住む。だが、仕事先の上司である工場長を殴って逮捕され、いまは長野の刑務所で服役中。
ドテいわく「恋愛と結びつかない」男(ドテは「カズキから告白されたことがある」と思っていたが、他三人いわく「勘違い」。しかし、ゲイなのかも、と思わせるくらいに色恋沙汰には無縁だった)。中学時代はポンと一緒にサッカー部に所属していた。心優しい男だが、工場長と上手くいっていないと悩んでいた。


■ケン/演:三村和敬
元服飾系専門学生、現引きこもり。専門学生の頃は、自分のファッションブランドを持つという夢を持つ明るい青年だったが、一緒にブランドを立ち上げようとしていた友達にデザインを盗用されて人間不信になり、学校を辞めて引きこもりになる。カズキとはルームシェアをしていたが、専門学校を辞めてから少しずつ距離が空き、ケンは実家に戻ることに。
ずっとケンを心配してくれていたカズキに「世界を変えてくれ。戦争や悪口がある世の中に疲れてしまった」と軽い気持ちで言ったことを謝りたいと思っている。
一年間外にも出ず部屋にこもってカップラーメンばかり食べていた。家族からはいないものだと思われており、人ともほとんど会話していなかったため、ポンたちと再会したときも最初はスケッチブックに文字を書いて意思を伝えていた。

志高く、夢を描いていた最中に、信頼を置いていた人に裏切られ、誰かを信じることが怖くなってしまったケン。再会したポンたちが、彼のあまりの変わりように困惑する様がすごくリアルだなあと思いました。腫れ物に触るような、でも、昔の彼を知っているからこそ、放っておけなくて、微妙な距離感で話をする。彼の相談に乗ってやりたいと思うけれど、多分どこかで、引きこもりというものを理解できずにいる。その距離感を、ケンもどこか感じ取っている。多分、お酒の力でも借りないとなかなか自分の意見が言えないタイプな彼は、その距離を前にますます言葉がうまく紡げずにいるような、そんなかんじ。
三村くんは初めてお芝居を見る役者さんだったのですが、とってもチャーミングでした。過去の回想シーンで代わる代わるみんなが色んなキャラクターを演じるんだけど、ドテの元カノの役のときの可愛さはんぱねえな!という気持ちです。


■大山/演:富田健太郎
フリーター兼ミュージシャン。春からは知り合いのコネで就職する事が決まっている。三島市ではタウン誌の表紙を飾るほど注目されていて、自称「三島のヒーロー」。
お調子者で落ち着きがなく、シリアスな雰囲気が苦手ですぐに茶化してしまいがち。平凡で恵まれた家庭に生まれたため、引きこもりのケンや、家族というものに敏感なドテの気持ちが分からないと自嘲するが、傷ついたり悲しんだりしている友人のことを放っておけない優しい一面を持っている。仲間に連絡を取るのはいつも大山発信。


一番過去が語られないけれど、ストーリーを回すという意味で役割の大きいキャラクター。大人になって変わった四人の中で、「一人だけ中学生がいるんだけど」と言われるぐらいに一番昔と変わらないのだけれど、でもそんな昔のままの彼がいまや「三島のヒーロー」なのだ。周りの空気を読むのがうますぎて、つい空気を読めない道化の役割を担ってしまうような人っているよね。彼はそういう、自分の立場やすべきことを悟ってしまっているような、ある意味で一番大人な人間だったのかもしれない。中学の時から。人が悲しんでいる姿を見たくない、なんてすごくヒーローっぽいな。中学時代のポンとは違う形で、もしかしたらそれは自分のための行為かもしれないけれど。
ケンがカズキからの手紙を読んで泣き崩れるシーンで、隣からそっと優しく、そして苦しそうに視線を向ける富田くんの表情がとってもよかった。コメディも吹っ切れてて要するにSUKI。


■ドテ/演:石原壮馬
フリーター。って冒頭で言ってた気がするけど、最後の下りでは大卒って話もしていたので、大学生?かな。(大学進学のためにバイトでお金を貯めているそうです/20151217追記)現在は、東京に住んでいる。中学生の頃には両親が離婚しており、母親と二人で生活をしていた。母親が付き合う男はいつもろくでなしばかりで、中学の修学旅行を当時母親が付き合っていた男に金を使い込まれてしまったために欠席したり、男と別れて家を追い出され土手の上で一週間ほど生活した事もある。そのため、ケンいわく「家族を傷つけられること」にひどく敏感である。
今はモテないが、中学当時付き合っていた彼女・アカネとは周りが苛立つほどにラブラブだった。だが、当時家庭が荒れていたせいで周囲にきつく当たる事も多く、特にアカネには八つ当たりしてしまっていたことを詫びたいと思っている。ちなみに当時は厨二病だった。

土手で生活していた頃、そのうち数日は母親もいなくて、一人で生活していたドテ。彼女に自分の家に来るよう誘われ「一人で生きる」と厨二病全開で拒んだものの、そのあとやってきたカズキの父親に強制的に家に連れ帰られて彼の家族の温かさを知る。だからドテはカズキが元カノや彼の家族を悲しませるような行為をしたことに怒りを爆発させた。
大人になった彼は、厨二病だった過去のことなんて嘘みたいにスカした兄ちゃんになっていて、いつだってどこか冷めた顔をしている。でも、「家族」というキーワードは、彼の心の中に変わらずにあったモノを爆発させてしまう。
壮馬くんってこんな風に演技するんだなあと思った。うまいかどうかは私には判断できることじゃないと思うけれど、表情の変化がすごくいいなと思った。眠そうにするシーンの顔が死んでる感じとか、キレるシーンでの目が据わってる感じとか、なんだろう、演じるというよりも内側の感情がそのまま表面に現れているような自然で素直な表現で、正直ちょっと驚いた。


■ポン/演:溝口琢矢
大学生。進学と同時に上京した。仲間の中では一番頭が良く、近々留学することも決まっている。裕福な家庭に生まれ、いまでも「パパ」「ママ」と呼ぶ両親から車や留学などの資金の援助を受けている。
三島にいる頃は、テストの問題が間違っている!と教師に抗議したり、ケンが転校しそうになった時に教室にバリケードを張ろうと提案するなど、レジスタンスを率先するリーダー的存在だった。
だが東京で、自分が井の中の蛙であったこと、非凡などではなかったことを知り、それをコンプレックスに感じるように。中学時代の友人には、自分が凡人であると知られたくない反面、常識から逸脱することができなくなってしまった。


ポンは、成人式に一人だけ袴姿で来てしまうような男の子です、それも赤の着物に龍の袴。それも、彼の「非凡でありたい」という想いを象徴しているようだなあと思う。
中学生の頃って、「俺(私)って最強だな」ってなぜか思えてしまう瞬間があるんだよね。根拠もないけれど、「無敵」だと思える。事実「最強」だし「無敵」なのだと思う。井の中の蛙だとしても、この頃にはヒーローと呼べるような子たちが必ずいて、彼らはいつだって自分の想いを言葉や行動にすることを恐れなかった。けれども、そんな人ほど大人になって「あの時は若かった」なんて口にしたり、「俺なんか普通だよ」と笑って言ったりして、でも、どこかでまだヒーローであった自分を捨てきれずにいる。
ドテに「昔はあんな風だったのに、なんでこんな大人になってしまったのか」というような怒りをぶつけられるシーンでの、ポンの表情がとてもよかった。ハンドルを握りながら、冷静を装っているようで、でも噛んだ唇が震えていて。反論はするんだけれども、自分でも本当はそう思っていることを悟られないように、直情的になったりはしない。
常識に縛られて、守られていることに安堵して、でも昔みたいに剥き出しだった自分が故郷には確かにいるから、こう、なんだろう、焦れったいし、恥ずかしいんだ。いまの自分が。それを他人から言われるのが、こういう人間にとっては一番痛い。
まさに「ああ〜わかるよ〜」というキャラクターでした。私もまさにこのタイプ。パンフレットにもありましたが、私が思い描いている溝口くんにも、少しだけ重なるところがありました。いや、溝口くんが平凡だと思っている訳ではないけれど!非凡だよ!でも、自分のことを「変人だ」って言ってるところとか愛おしいなと思うよ!ああ、だけど私が持ってる溝口くんのイメージは少し情報が古いから、いまはまた少し違うのかもしれないなと思ったりします。


カズキというキャラクターは、最初から最後まで舞台上に登場しない。
けれども、アカネからカズキか逮捕されたと聞いたあと、新潟から車で長野の刑務所に向かった彼らは、客席に相対する形でカズキと再会する。彼らの視線の先は客席に向かっていて、けれどもそこにカズキがいる。だからカズキと向かい合う彼らの感情が、本当にありありと伝わってきた。

一番、おっ、と思ったのが、「久しぶりに中学時代の同級生と再会する時」のぎこちない距離感の表現が、本当にリアルだったこと。
視線の置き方や、話し方や、自分のあるべきキャラクターや、呼び方を、少しおっかなびっくりになりながらも、昔はあんなに仲が良かったのだから今もそうでありたいと思う彼らには、きっと、少年から青年へとまさに成長しているキャストたちが感じ取ってきたものが投影されているのだと思う。
芝居は必ずしもリアルであることがイコール素晴らしいことではないけれど、この絶妙な空気感の中に描かれる人間模様は、そしてそこにある「何か」は、きっと今の彼らにしか表現ができない。今の彼らが演じてくれたからこそ、ああそうだこういうことがあったんだ、と彼らに同調して、自分の過去を振り返ることができる。

面白いだけじゃなく、彼らにとっての経験になるだけじゃなく、他の誰でもいけない、今の彼らにしかできない、今の彼らにしか伝えられない作品だったなと思う。
彼らがやることに、観客として意味を感じる事ができる舞台作品に出会えた事が私は本当に嬉しくて嬉しくてたまらないのだけれど、まだこの気持ちをうまくまとめることができないので、またいつか改めて書き記したいなと思います。