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推しのATMになりたい日常

推敲しない女です。

1年ぶりのブログでハンサム!とドリフェス!の話をします。

ドリフェス!とハンサムの信者みたいなブログなので、アゲすぎ勘弁しろという方はお気をつけください。
※ハンサム=アミューズの若手俳優たちが年末に打ち上げる花火。また、そこに出演しているハンサムな若手俳優のこと。昨年SUPERハンサムLIVEからハンサムフェスティバルに進化しました。
※多分論理は崩壊していますし話があっちこっちに飛びますが、思いつくまま書いてるので、こういうものだと思って許してください。



久しぶりにブログを書きます。
さきほどまでは仙台に、昨日は北海道にいました。こんばんは。

振り返ってみれば、最後に書いたのがほぼ一年前という事態だったので簡単に近況報告をいたしますと、「推しを追って再び海外渡航したり、別の推しの結婚を機に降りたり、推しを増やしたり減らしたりしていた一年」だったわけですが、多分一番大きいのはドリフェス!沼にずぶずぶになってしまったことかなと思うので、今回はそれについて触れようかなと思います。
……とはいえ、ドリフェス!民は結構はてブロユーザーが多いようで、もうドリフェス!はいいぞ的な話は先人たちが素敵な言葉でしたためてくださっているので、なんか、なにかしらそれ以外のことをとりとめなく話します。

私がドリフェス!というプロジェクトに触れたのは、バンナムGとアミューズのオーディション開催のお知らせだったんですが、まあその辺りの話は「こちら」で触れているので割愛します。(いま読み返すと混乱のあまり何を言いたいのか全く伝わってこなくて面白いぞ! その前にアミューズランティスバンナムクリエイティブが業務提携して海外展開するよ!とかいう話を見かけてたので、なんかよく分からないけどドキドキしました。そういえば、また別のオーディション始まってましたね。)
いくつかイベントに行ったあとに、まあしばらく諸般の理由により追えたり追えなかったりだったわけですが、アニメが始まって、ちょっとしてからようやく完全に気持ちを切り替えて、ドリフェス!と推しくんが人生!みたいな生活を送っています。人生何が起こるか分かんねーな!

私がドリフェス!にはまった一番の要因は(もちろんリアドリが大きいんですけど、それと)もう散々語り尽くされていますが、【ユーザー=ファン】というポイントです。

最近ヒットしている複数男子もののソシャゲはプレイヤーがキャラクターにとって特定できる個人であり、かつそれに応じた役割を与えられているものが多いと思います。その役割がキャラクターたちにとっては欠かせない重要なもので、それに対しての責任がゲーム上で発生し、それを果たすことがゲーム性につながっています。そして、その報酬として、普段見ることができないような彼らの裏側や、プライベートを覗くことができたり、そこに自分が入り込むことができたりします。
なので、キャラクターとの一対一の関係を楽しむもよし、恋愛ゲームとして楽しむもよし、主人公の視点からわちゃわちゃを楽しむもよし、ユーザーとしてどのスタンスで楽しむかの選択肢がたくさん用意されていて、実に間口が広いなあと感じています。ちなみに私は主人公の名前をモブにして、わちゃわちゃを楽しむ派です。でも!名前がモブでも!主人公だから!存在感は!消せない!ンンッ!(認知されたくないオタク)

けれども、ドリフェス!は、キャラクターとユーザーの関係を完全にファンだけに絞っています。
そこに何かの責任が発生することもなければ、私たちが彼らのプライベートに介入することもない。ユーザーに見せられるのは皆一律の表の顔だけ。プレイヤーには主人公としての価値観などは一切なく、ただファンのひとりとして、ライブチケットをもぎり、部屋の壁を推しで飾り、ライブに行くための体力を養い、ドリカで服を貢ぐばかり。
それが、先ほどの話に照らし合わせれば、つまりは新規参入の間口を狭めているということもあるかもしれませんが、でも、私にはとても心地よいんです。

それはどうしてかって、そうしてユーザーの立ち位置を定めているところが「アミューズ」が噛んでる企画らしいなあとぼんやり感じたからなのだと思います。そうです、私が箱推し勢です。(そもそも私はTHE GAME 2009あたりで初めてアミューズに触れたのですが、その年のハンサムはチケット戦争に負け、しかも当時の推しは事務所舞台に出ない子で、それほど箱推しMAXで活動してきた訳ではないので、いつまでも新規という大義名分で好き勝手言っています。)

ちょっと話が逸れますが、若手俳優を輩出している事務所は数多くあり、そこに所属するタレント、そのタレントにつくファンにはそれぞれ特色があると思います。
私は、アミューズが毎年開催している年末ライブ(ハンサム)に行くたびに、そこにいるファンに対して「オタク」だなあと感じます。それはいわゆるオタクと呼ばれる漫画やアニメがコアに好きな人たちが多いということではなく、「●●が好きな人は仲間!」みたいな、妙な一体感というかホーム感のオタクみというか…伝わるだろうか……。(私は二重の意味でオタクです)
ハンサムって、ファンの年齢層も服の趣味もみんなバラバラで、一緒に来ている友達同士でさえも全然タイプが違ってたりして、どんな人が多いとかって最大公約数みたいなのが見つからないように思います。
でもいざライブが始まると、あんなにバラバラだったみんなが推し以外の名前も呼べちゃうし、彼らのオリジナル曲のフリとかも何も見ずに踊れてるし、コールもできるし、アンコールで運営側が意図してない形で客席が一体となってオリジナル曲の合唱とかしちゃうし、なんならハンサムが忘年会みたいなところあるし。
普段はそれぞれ別のところで自分の推しを追っかけてるのに、「ハンサム」っていう箱に対して、ファン全員が同じ場所に立ち、それぞれ最大限の熱量で向かっていく一体感があるというか、数年ここにいるともう年末に一度は帰る我が家みたいな。つまり、ハンサムは実質第二の実家です。今年の年末も実家に帰りたいです。

あと、もうひとつ、ハンサムのファンには、これは私の周りだけなのかもしれないんですが、男の子がわちゃわちゃしているのを見ているのが好き、という人が多いような気がします。漫画でいうと『虹色デイズ』とか『君と僕。』とかそういう感じの男子たちというか(実際に、ファンがこれらの作品を漫画として好きかどうかは別だと思いますが)、こう……なんじゃろ、わかるか……?(それは、ハンサムはもちろん、かつての宝石シリーズやFROGSなどの事務所の若手俳優を起用したアミューズの自社制作舞台や、その他イベントなどで、とにかくみんな一緒に仕事してることが多かったから、自然とそういう人が集まってきていだというのもあると思います。最近は、みんな個人個人のお仕事を抱えている俳優さんたちが多いので、個人についたファンの方もいらっしゃって、また違うのかなとは感じていますが)
その、わちゃわちゃしてる男の子たちの姿って、基本的にはステージ上だとか配信番組だとかツイッターだとか向こうから発信される形で届けられて、こちらはただ受け取るだけの状態です。わちゃわちゃの間にファンはいません。つまり、わちゃわちゃを見てる時は、見せられているものの偏りがファンの誰にもないんですよね。(逆に認知されてるされてないとか何とかかんとかとかで人によって見せられるものが変わってくるのが個人の接触イベという認識でいます。)誰かひとりが特別じゃないし、言ってみればみんな特別だし、つまりタレントとの距離が全員ほぼ横並びになれる。そして、そういう形でタレントを見るのが好きだと言う方が、ハンサムのファンには、なんとなくですが多い気はしています。私の周りの話です。

そういうファンが多いことのひとつの理由として、アミューズがタレントをどのように見せてきたかというところがあるのではないかと思います。
たとえばハンサムたちのイベントではよく伝統芸能「キュンキュンさせた方が勝ち!(cv.吉村卓也)」なときめきセリフをいうコーナーというものが用意されています。これ自体は他の俳優さんのイベントでもよく見るコーナーで、特に珍しいコーナーというわけではありません。
アミューズでは、THE GAME2009の『キュンファイDEATHマッチ』という作中でも「学生に扮した俳優がときめきセリフを言うイベント」が描かれました。いまハンサムたちのイベントでこういうコーナーがあると、あっキュンファイだ!と思うくらいにはファンに浸透していると思われる作品です。
この作品の面白いところが、「ときめきセリフを言う」ことが競技化し、魅せるショーとして描かれているところかなと思います。
ときめきセリフを言われる相手役はもちろん登場しますが(どうでもいいですがホラン千秋ちゃんを見かけるたびにキュンファイ思い出します)、彼女たちはあくまで企画側が用意したキャストであり、彼らがリアルにときめきセリフを言って口説きたい恋愛対象は物語世界であってもキュンファイには登場しませんし、ましてやファンの誰かでもない。私たちファンは、そのショーを見ているだけ。
昨年のハンサムフェスティバルでは、この企画を継承したコーナーが行われた際に、メンバーの中から相手役が選ばれました。アミューズくんは、結構これをやってきます。はい。(過去には観客に向けて言ってたこともあるかもしれないですけどトリ頭なのでわすれてますし、もちろんアミュモバや彼らの個人イベントではファンに向かって言うことも普通にあります。)
つまり、基本的にはハンサムな彼"ら"の視線が私たちにのみ向けられるとき、たとえ企画だったとしても、ファン以上の意味は孕みません。それってちょっとマニアックだなと正直思います。私は完全に認知されたくない視界に入りたくないオタクなんですが、みんながみんなそうではないと思うんですよね。
だがら以前アミュモバで『妄想図書館』という企画が始まったとき、ついにアミューズもハンサムたちをメジャーな企画始めたな!という気がしたんですが、よくよくタイトルを考えてみれば『妄想』なんですよね、これ。すごい、現実で私たち個人を口説いてるわけじゃない! 私たちの妄想の中でしか彼らはファンに甘い言葉を囁いてくれない! こんな企画の中だって、私たちはファン以上でもファン以下でもない! サイコー! めっちゃ面白い企画なのでよかったら見てください。

だから、現実で、彼らがハンサムのステージ上から私たちに向ける視線や言葉は、いつだって誰にとってだって一定で一律で、それってまさに我々がファンでしかないドリフェス!じゃん!と思ったわけです。(相変わらず強引なまとめで恐縮です)

ドリフェス!は、多分、ソシャゲ好きな女子万人に受け入れられるコンテンツではないかもしれません。ファンという視点ではない、別の楽しみ方をしたい人にとっては、なかなか面白さを見いだし難いかもしれません。
だけど、いつどこから好きになった人でも、みんなが優劣なく同じ場所から応援できる安心感がある、誰にとっても優しいコンテンツなのではないかなと思います。(古参新参がどうこう認知がどうこう問題を考えると面倒くさくなるので、あくまでも、コンテンツ対ユーザーという視点だけの話にさせてください)

それに、アミューズは、ファンとタレントとの信頼関係というものを重視している会社だと個人的には思うので、ドリフェス!も、きっとそうないんじゃないかなと。故意じゃなく裏切ってしまうことはあるかもしれませんけど。
そう思うのにも、また余談に近しいエピソードがありまして。2015年、毎年恒例だったハンサムが開催されませんでした。
そのとき、アミューズは「今年はハンサムないよ! ごめんね! 来年はやるからね!」って告知を確か(記憶違いでなければ)出してくれたんですが、これってよくよく考えたらすごいことじゃないですか?
だって「やらない」告知って、それ自体が直接何かの利益に結びつくわけではありません。むしろ2015年にハンサムの誰かにはまったばかりのファンからしたら、何の話やねんって感じです。企業として、利益第一に考えれば決して必要のない告知だと思うんです。しかも来年はやるからね!なんて告知、その一年後のイベントだけをとってみれば、一年前に触れられたからって、直接チケットが買えるわけでもなし目に見える形での販促にもならないじゃないですか。
でも、アミューズは告知をした。それは、きっと、ファンの信頼を裏切らないためなんじゃないかなと思います。アミューズという事務所は、ファンがタレントを応援するのに信頼関係が必要なのだと捉えているのではないかなと。
信頼関係を築くことというのは一朝一夕でできることではないけれど、壊すのは簡単です。でも、それがどうしたら壊れてしまうのか、そして壊れてしまうことをどう認識するか、は会社のポリシーの問題だと思います。信頼関係を第一とするか、その時の利益を第一とするか、それに優劣はありません。
そもそも信頼関係を重視したときに会社にとって何の利益になるのか、それはそのときの瞬間瞬間の利益ではなく、そのタレントの先を見通した上でこれからも応援してもらうという無形の利益、ある意味投資なのかなと思います。
私は、自分の好きな役者が、そうやって、未来を大切にしてくれている・未来に投資をしてくれるような事務所に所属していてくれてよかったなと思うし、だからこそアミューズの役者が好きなのかなとも思います。アミューズに思うところももちろんありますが、でも、こういう一件があると、タレントとファンの間にある信頼関係を壊したいわけでは決してないんだろうなとは思えるんですよね。

そして、そういう事務所に所属しているハンサムたちは、その遺伝子を継いでなのか、ファンに対してとても誠実に、感謝を表現してくれます。
そもそも年末のライブは、ハンサムという名前がつく前からずっと、『ファンのための感謝祭』として、開催されています。
そして、そのライブに対して、彼らは、こちらが驚くくらいに真剣に取り組んでくれます。私たちが、推しが出てるなら何でも行くぞ!という気持ちでいたとしても、忙しい仕事の隙間を縫って、より高いクオリティを、より素晴らしいパフォーマンスを追究し、時に真剣すぎるあまりにギスギスしてしまってるんじゃないのかなと思うこともあるくらいの熱量でいてくれます。彼らが考える感謝の気持ちは、感謝の言葉を伝えるだけではなくて、人前に立つ仕事のプロフェッショナルとしてファンを満足させることにあるのだから、なのかもしれません。
推しが出てたって出てなくたって、ハンサムに行きたいと思わせてくれるような最高のエンタテインメントを作り上げてくれる。そのために、血の滲むような努力を、彼らはしてくれる。そして、私たちに客席という定位置を準備して、いつもそこで待っていてくれています。まさに実家。あたたかい。
その実家()の面子で構成されたDearDreamとKUROFUNEだから、彼らはファンのために上を目指す努力を決して怠らないし、ファンを満足させるために何でも果敢に挑戦していってくれます。派手さはないけれど、でも、そういう真面目さと誠実さは、きっと、一度とらえたファンを決して離さない。

ちょっとだけ話を戻すと、ハンサムもドリフェス!も、私たちがファンというだけである以上、彼らに対して何の責任もない以上、私たちがいつ好きになろうといつ離れてしまおうと、それはこちらの自由です。(キュンファイの中で佐藤健が言った「女の子は飽きっぽいからね」というセリフはまさに)
だから、彼らは、ファンを自分たちが提供するエンタメで満足させて、ずっと好きでいてもらうために、努力を重ねてくれます。誰かを特別扱いはしてくれないけれど、でも、私たちが愛した分だけ、それをエンタテインメントとして返してくれる。私たちは、だから、それが見たくって、毎年あの場所に帰ってくる。ドリフェス!も、きっとそういう場所を作ってくれる、いや、もうあるんですよね。彼らが、ファンミーティングをホームだって言って、そこで最高超えてるミラクルステージを見せてくれたから――というリリカルな感じでまとめとします。

つまり何が言いたいのかというと「ドリフェス!はいいぞ」ということで、結局その話をしました。とっ散らかった文章で恐縮ですが、お粗末様でした。