ナルステを終えて――『FROGS』の松岡広大が「推しの」松岡広大に変わるとき
ライブ・スペクタクル『NARUTO -ナルト-』のDVD発売記念イベントに行ってまいりました。
今年3月21日、東京・渋谷AiiA theaterで開幕し、福岡、大阪、宮城、東京凱旋、マカオ、マレーシアを経て6月10日シンガポール・リゾートワールドセントーサで幕を閉じた今作品の集大成が、本日8月26日にDVDとして発売されました。(ちなみに会場予約分もHMV・アニプレックス分もまだ私は受け取れておりません。)
今回は、その最後のお祭りとも言えるイベントでした。
今日は、そのナルステで初主演を務めた松岡広大くんについて、そしてナルステについて、取り留めもなく書いてみようと思います。
(今回は考察というよりほとんど彼と作品への想いを綴ったどうでもよいお話です。)
広大くんを初めて見たのは、2013年に上演された舞台『FROGS』再始動初演の時。正確に言うと、公演までの間に放送されていたアミューズのUstream動画『FROGS-TV』で彼の姿を見たのが最初でした。*1
平埜生成くんが出演するということで、できる限りのチケットを押さえつつ*2、雑誌やUstreamをチェックしていたのがそもそものきっかけです。
『FROGS-TV』でのふわふわとした喋り方、目を離すとふらりとどこかへ行ってしまいそうな捉えどころのなさ、小関くんや溝口くんへの末っ子らしい甘えを孕んだ態度。座組の中で最年少というのも頷けるような振る舞いと、意志の強そうな大きな瞳にギャップを感じつつ、それでも総じて可愛い俳優さんという印象でした。
でも、再始動公演の再演の千秋楽を見届けたあと書き記していたキャストひとりひとりのメモには、彼について私はこう書いていました。
実は一番よく分からない。
天才肌で、自分にも人にも割と厳しい。あと自意識高い。その分自己分析も年の割にかなり出来ている方なイメージ。自分のどこが人に好かれるのか理解してそう。でも実は全部天然だったらどうしよう。
物事の好き嫌いがはっきりしてて、好きなものにはとことんデレデレ。(ex.佐藤健)
ダンスはほんとすごいなあと思う。あのちっこい体のどこにあんなパワー隠してるんだろ!
私が公演前に抱いていた印象と、公演で見た彼の姿は、まったく別物でした。彼が演じたアマネの、力強いパフォーマンス、(末っ子っぽさは変わらないけれど)可愛いというより生意気で真っ直ぐな性格。それは、彼の大きな瞳が持つ意志の強さを引き出したかのようでした。
きっと会場中の多くの人が彼の目に、パフォーマンスに、惹きつけられていたと思います。『FROGS』という若者たちの様々な魅力を贅沢に詰め込んだ作品の中で、「まばゆさ」を担っていたのが彼でした。
ちなみに初代『FROGS』はDVDで観ています。その時は自分の中にうまくはまらなかったのですが、再始動を観て「この作品の本当の素晴らしさは、あの日あの時間にあの公演を共有した人にしか分からないのだ」と感じました。
再始動初演のとき、彼らの行く末はまだ見えないままでした。アミューズに既に所属していた四人はまあ心配せずとも今後お仕事を観せてもらえる機会はあるだろうと思っていましたが、残りの四人に関しては、そのままアミューズに所属するのかも、いまこの時を逃せばいつその姿を見られるのかも、分かりませんでした。
ある種の焦燥感のようなものを抱きつつ、けれどもきっと輝かしいであろう彼らの未来を信じて、その一瞬のきらめきを目に焼き付けようとその作品を必死で見つめていたのを覚えています。
私は初代に出演していたキャストたちが、それからどのような道を歩んでいったのかを今だからこそ知っています。
けれども、きっとその当時作品を見つめていたファンの目には、まだ若い彼らの何にでもなれる・何でもできる可能性に満ち溢れた未来が見えていたのだと思います。それこそ、『FROGS』が伝説と呼ばれるような作品として、観客の胸に刻まれている一つの理由なのかもしれないなと思っています。
……話が逸れました。
「よく分からない子」という広大くんへの印象を抱いたまま舞台『FROGS』を終え、私は「蛙ちゃんたちはみんな推しだよぉぉ;;」と半狂乱になりながら、その後の彼らを追いかけました。
アミューズ所属の四人はもちろん、山下銀次くんと太田将熙くんが所属した劇団プレステージのUstreamを息を呑んで見守ったり、小池成くんが所属するダンスユニットのイベントに足を運んだり、三本健介くんのソロライブを観に行ったり*3、当時の彼らの活動はほとんど漏らすところなく見ていたと思います。
その当時の私にとっては、松岡広大くんだけが特別ではなく、『FROGS』の蛙たちみんなが特別でした。テニミュで広大くんが遠山金太郎役に決まった時も、だから嬉しかった。めちゃくちゃ興奮しました。*4
でも「広大くんだから」ではなく「『FROGS』の広大くんだから」、私は追いかけていたのです。
それが「広大くんだから」に変わったのはどうしてだったのか。
それは、安西くんの記事でも書いた「生々しさ」に触れたからでした。彼が演じるキャラクターの「生々しさ」、そして「よく分からない子」だった広大くん自身の「生々しさ」。
特に後者の「生々しさ」――要するに彼自身の人となりに触れたことが、大きなきっかけだったのだと思います。
……はっきりと断言しないのは、自分でもいまいち彼が推しになった瞬間を思い出せないからです。
私がテニミュ四天公演を観たのは2014年になってからだったので、『FROGS』のあとに彼の姿を目にしたのは2013年12月の舞浜アンフィシアター、アミューズ事務所年末恒例の若手俳優イベント『SUPERハンサムLIVE 2013』でした。
サプライズゲストとして登場した彼を観た瞬間、膝から崩れ落ちそうになるほどの謎の感動に震えました。赤い衣装に身を包んだ彼は、先輩たちに負けないパフォーマンスで観客を魅了しながら、心から楽しそうに舞台上を駆け回っていました。
――これが、松岡広大なんだ。
「よく分からない子」だった彼が、一瞬のうちに、生々しく、私の心の中にすうと入り込んできました。
それが、多分、私が初めて彼自身の「生々しさ」の一端に触れた瞬間だったのだと思います。これがきっかけだったらいいなという、私の願望でもありますが、とにもかくにも四天公演を初めて観た時のツイートでは、もう既に松岡広大が私の推しになっていたのようでした。ドリライを終えた時の気持ち悪いほどの熱狂っぷりがそれを物語っています。
世界中の幸せがたまアリに集まってた〜〜〜〜〜〜〜〜世界のみなさん幸せでごめんなさい〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
— saki (@_skkk) 2014, 11月 24
白石が金ちゃんを抱きあげたときも、安西慎太郎に出会えたのもテニミュに出会えたからだなって思ったし、ってことは松岡広大のおかげだから、松岡広大は神よりも尊いとおもったし、よく考えたら松岡広大に出会えたのはFROGSのおかげだからアミューズはやっぱり神だしお金払い続けたいよ〜〜〜〜〜
— saki (@_skkk) 2014, 11月 24
推しが尊いと世界に謝罪し事務所に感謝し始める癖があります。
そして迎えたライブ・スペクタクル『NARUTO -ナルト-』のキャスト情報解禁。
福岡・マカオ・マレーシア公演は都合がつかず行けなかったのですが、幸運な事に東京・大阪・宮城・東京凱旋・シンガポール公演での千秋楽を見届けることができました。*5
公演初日に初めてナルステを観た時は、その演出の奇抜さに度肝を抜かれました。映像や効果音を多用した作りの作品は、まさに「ライブ・スペクタクル」と呼ぶべきステージで、最初「演劇」を観に行くというスタンスで劇場に足を踏み入れた私は「演出が過剰すぎて役者のよさを殺している」と本気で思っておりました。
ところが翌週二度目の観劇で、その印象が驚くほど変わったのです。ナルステは「演劇」ではなく「ライブ・スペクタクル」なのだという前提でナルステを観た途端、その演出も含めた作品がすっと私の中にはまりました。今となっては、もうこの演出あってこその国民的人気作品の舞台化だったのだと思っています。
それでも原作の約半分を2時間半に凝縮したことによる駆け足感は否めませんでしたが、広大くんを始めとするキャスト全員がそれを補っていたように思います。
シンガポール千秋楽を終えて、私は広大くんのナルトについてこう語っていました。
それと日本で感じた以上にキャラクターにドラマを感じた!作中に描かれていない経験まで彼らの一挙一動に滲み出ていて、特にメインのナルトとサスケはまだ幼い一幕の彼らが再不斬・白戦、個別修行を経て、我愛羅と相対する時には確かに大人になってる。背負っているものの重みが変わってるというか。
— saki (@_skkk) 2015, 6月 7
再不斬に額当てを踏みつけられて「オレってばもう二度と助けられるようなマネはしねえ」の台詞の時にナルトが手首をぎゅっと握りしめながら左手を見つめるんだよね。原作で霧隠れの忍者にやられて自分のクナイを左手に突き立てた時の、あの左手の痛みへの誓いが広大のナルトの中にはきちんと存在する。
— saki (@_skkk) 2015, 6月 7
これは日本の時からやってたけど、他にも、感覚的に、だけど、彼らが劇中に経験した以上の経験がナルトとサスケの中には確実に重ねられていて、それを特に顕著に感じた3公演だった!要するに素晴らしい役者です
— saki (@_skkk) 2015, 6月 7
私は、彼の演じるキャラクターに、彼が「生きてきた実感」「彼が生きている実感」――「生々しさ」を感じました。
そしてなにより、ナルステを通じて、私はハンサムライブの時のように、彼自身の「生々しさ」にも触れることができました。
「よく分からない子」だった広大くんの姿が、いまの私には幾分はっきりと見えるようになった気がします。
ナルト大阪楽ーーーー!本当によかった!あの広い会場て当日券なし満席スタオベの拍手喝采が胸に響いて広大より私が泣きそうだったーーー!!!スタオベ見るなりステージ上に転がって「見て!見て!」とキャストを呼ぶ広大に愛しさが募りすぎた!この舞台で主演張ってるって本当にすごいことなんだな…
— saki (@_skkk) 2015, 4月 19
この3ヶ月間本当に大変だったと思うしその努力と苦悩を推し量ることはできないけど舞台上での彼はいつも楽しそうでエネルギッシュでパワーに満ち溢れていて、いつだって元気と萌えをくれたら泣きながら松岡広大一生推すことを誓うわ、素敵な毎日をありがとう!
— saki (@_skkk) 2015, 5月 10
DVDイベントで広大くんはナルトという役を演るにあたりそのキャラクターのように「稽古場から恥をかいてきた」と話していました。包み隠さず、自分のことを曝け出す。その姿勢を通して、もしかしたら私たちの側にも広大くんの「中身」が見えていたのかもしれないと思います。
初の座長公演、
稽古場に足を踏み入れ、座長として右も左も分からない僕は周りの皆さんがとにかく環境の良い中で伸び伸び演舞出来るようにと、常に周りを見てきました。
キャスト一人一人を見て、その人がどんな方なのか、一挙手一投足見逃さず意識していました。
勿論、上手く行かなかった事もあります。
然し乍ら、試行錯誤してみんなの為に尽くせて僕は本当に幸せでした。
苦悩の先には|松岡広大 オフィシャルブログ「liberal」Powered by Ameba
このブログの「尽くす」という言葉が、私にはなかなか衝撃的でした。
けれども同時に、そうだ、私が2年半見てきた彼はそういう人だったのだ、とその「生々しさ」がより実感を持って迫ってきました。
あのキャストの中心で「自分より周り」と視線を配り気を配り、座長として様々な人たちの期待に応えるために一瞬たりとも満足せず、自身を高めて、戒めて、後悔しながら、一番の重責を担って、それでも最後の瞬間を迎えられたのは他でもない周りのおかげだと言う松岡広大という役者が私は好きです。
— saki (@_skkk) 2015, 6月 9
広大くんが言う「誰にも負けないパフォーマンス」とは、与えられたものを、求められる以上に追及していく、負けず嫌いで妥協を知らない真面目さによって生まれていくのかもしれません。
「誰にも負けない」高みを目指すということは今の自分に決して満足しないということです。今ある自分を出しきりながら、「まだ自分にはできることがある」と考える、どこか仄暗さや危うささえ感じる彼の意志の強い言葉。
けれどもそれこそが、明るい陽に当たった部分だけではない人となりが、私の目に映る彼の「生々しさ」を際立たせ、ますます私は彼に惹かれました。
そして、各キャストの言葉が、私の目に見えている「松岡広大」像をリアルなものとして裏付けてくれます。
一番大変なのに
周りを気にして頑張るナルトと作品をよくする為に努力し続けて
嘘はつかないサスケくんと私達が思い詰めているタイミングで
力を抜く場をいつも
作ってくれるカカシ先生と一緒に頑張る時間が
「NARUTO」DVDイベント|伊藤優衣 オフィシャルブログ 「yui blo」 Powered by Ameba
私にとっては幸せでした(^ ^)
そんでナルト。本当広大は今回よく頑張った。1番近くにいたから何でもわかるし多分広大もオレの事何でもわかる。かな?
http://amba.to/1QMEFla
稽古の途中くらいから一切話し合いもしてないのに芝居やアクションの動きがピッタリ合致する場面がたくさんあってビックリしっぱなしでした。
本番になると(ダジャレです)更にそれが顕著に表れて、週末の谷のシーンなんてほとんど何も話さなくてもお互いが考える事が手に取るようにわかってしまっていました。
三代目火影役の平川和宏さんのブログに、こうあります。
主役である彼の役割は当然
他の誰よりも大きいし重い。
彼の出来の良し悪しが
この芝居を大きく左右する。
それを十分理解している。
その上で彼はチームの力を
強調する。カンパニーのほぼ最年少にも拘らず、
松岡広大という男|おじ屋
皆を束ねていくリーダーシップ。
誰よりも真摯に役と向かい合うその姿勢は
カンパニーの雰囲気にも影響を及ぼす。
皆が彼の為にひとつになろうと
前のめりに舞台に向かっていく。何度ものスタンディングオベーションは
決してフロックではない。
博多でも大阪でも「 皆、見て見て
嬉しくって足が震えてる 」と、君はとても喜んでみせたけど、
松岡広大という男|おじ屋
それが、スタッフもキャストも皆の力だと
君は思いやってくれたけど、
皆はその中心に君がいることを
ちゃんと知ってるからね
この素晴らしい作品の中心には間違いなく広大くんがいました。それは私たちも知っています。
けれども彼は決して驕らない。それも知っています。
『FROGS』のときに私がイメージした「天才肌」は努力に裏打ちされた実力で、「末っ子のような愛らしさ」と同居するのは責任を一手に追う生真面目さで、それが彼の「生々しさ」。それが松岡広大という人の、リアルだった。
私たちが見える役者の姿は、彼らのほんの一部です。それは重々分かっています。
でも、私に見えたほんのわずかな彼の一端に、何偽りないリアルを感じたからこそ、そしてそこを信じられたからこそ、私は推しとして彼のことがもっと大好きになったのだと思います。
……こうして推しのことを考えていると、私はつくづく「人間」というものが好きなのだなと思います。観劇に通うのは「人間」を見に行っているのだなあと。
そう考えると、シンガポールでの観劇は刺激的でした。
普段2.5次元ミュージカルを観劇に行くとき、知っている漫画原作が少ないということもあって、私は役者をきっかけにしていることがほとんどです。観劇は、ほとんどの場合、私にとって役者という「人間」を観に行く行為です。*6
私以外の観客にも、そういう方が多くいらっしゃるでしょう。
けれども海外での公演は違います。シンガポール公演の観客は、ほとんどが現地の方や原作ファンの方で、役者ファンと思われる日本人は一握りでした。
ようやく落ち着いたので改めて。ナルステシンガポール公演、そして大千秋楽お疲れ様でした!海外まで来て良かったと一番感じたのが、松岡広大ではなくナルトとして視線を浴びている彼を見られた事かなあ。 pic.twitter.com/1fwFRbFQWO
— saki (@_skkk) 2015, 6月 7
この地では彼は二次元からそのまま飛び出したキャラクターなんだよね。一番最後のカーテンコール、一番大きな歓声と拍手で出迎えられる広大を見ながら、ナルトを愛してやまない人たちの期待に、物語の主人公として、力強いパフォーマンスで十二分すぎるくらい応えてくれたんだなあと思って感動した!
— saki (@_skkk) 2015, 6月 7
日本とは違い、劇中にも客席では歓声が飛び交っていました。コスプレ姿の方も多く見かけました。100%キャラクターとして見られる海外での公演は、日本とはまた違ったプレッシャーや緊張感をもたらしていたと思います。その中で、キャストの皆さんは、そして広大くんは、キャラクターそのものとして、その「人間」としての姿を私たちが求める以上のクオリティーで見せてくれました。
私はこのカンパニーが大好きです。
そして、このナルステを通じて知ることができた、松岡広大という役者が好きです。
結局、私はこの記事を通して何を書きたかったんでしょうか。広大くんのここが好きだ!って言っておきたかっただけなのかもしれません。
この記事を書くのになぜか三日ほど要してしまいました。
真面目で、責任感が強くて、プロ意識が高くて、負けず嫌いな広大くん。彼が次にどんなパフォーマンスで私を驚かせてくれるのか、そしてどんな彼自身の顔を見せてくれるのか。今から本当に楽しみでなりません。
だからやっぱり役者ヲタクはやめられないのです。
DVDの特典をみたら、また別の感想や印象を受けるかもしれないので、その時は改めて文章を認めようかと思います。
〆
*1:本当に正確に言えば、初めて彼を見たのはドラマ「眠れる森の熟女」です。綺麗な顔立ちの子だなと思って名前や所属も調べていたのですが、「これが松岡広大だ」ときちんと認識した上で彼を見たのは『FROGS』なので、初めてはこちらということにしておきます。
*2:とは言えキャパのためなのか初代FROGSがアミューズオタクの中でも伝説の公演と言われているからなのかチケット取りには苦戦し、初演再演と合わせても一桁ほどしか観に行けなかったのですが。
*3:彼らのイベント会場の客席で、他の観客に負けずノリノリで応援していた蛙たちの姿が見られたのは良い思い出です。泣きました。
*4:金太郎は、当時原作をほとんど読んでいなかった私が、四天宝寺の中で唯一本誌で見ていたキャラクターでした。
*5:またもやお恥ずかしいお話ですが、NARUTOの原作も読んだことがなかったので、今回は事前に電子書籍で一気に全巻読みました。
*6:今年秋より開幕する「ハイキュー‼︎」に関しては役者や脚本の中屋敷さんが好きというのはもちろんですが、数少ない原作が好きな作品なので、違った見え方になるのかもしれません。